07 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. // 09

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[edit]

trackback: -- | comment: --

よいバリスタの条件 


コーヒーに対しての、尽きない探究心と好奇心を持つ。
自分の好みに左右されず、コーヒーの風味を感じ取る事ができる。
適切な抽出方法を考え、それを繰り返し再現できる。

以上の事は、コーヒーを作る仕事をする上で基本的だが最も大切な事。
だが、これだけを持ち合わせてもカフェでは働く事はできない。

それに加えて、お客様一人一人に応じた柔軟な、機転の利いた優しい接客ができる。
洞察力が高く、視野が広く、空間内の状況をいつも把握している能力。

この2点の能力を持っていれば、どんなに混雑している状況の中でも
お客様に控えめな感動を与える事ができる。
その控えめな感動こそが、コーヒーの美味しさを広く伝えるための、はじめのドアを開く。

洞察力が低く、視野が狭いバリスタはドリンクの作り方も効率が悪い。
結果的にいいドリンクを作るために時間がかかり、お客様と話す時間が全くとれないか、
もしくは急いで雑な作業をして、美味しくないドリンクを作るか。

ほとんどの場合、もしかしたらお客様はそこまで気にしていないかも知れない。
だが、必ずそれは広くゆっくり波紋して、コーヒーの情熱を妨げる事になる。


国が変わり
シティが変わり
エリアが変われば
お客様の感じも全然変わる
そしてカフェが変われば、そのカフェのルールがある。

そのカフェで自分はどんな風に動けばよいのか?
何をまず学ばなければならないのか?


美味しいコーヒーを作る事だけなら、家で楽しむに尽きる。
でもどうしても、コーヒーを職業として、この東京で生きていきたいなら
今の東京でいったい何をすればよいのか考えていくべきだ。

5年前までのカフェブームの常識はもうなんの役にも立たない。

今は破壊と構築を同時にやらなければならないのでとても忙しいのだよ。

サードウェーブはもうすぐ終わるらしいよって今日誰かに聞きました。
それも一つの成果として喜ばしい事と思いましょう。

そして一人でも多くの人類を、焦げたコーヒーから救い出しましょう。














スポンサーサイト

[edit]

この転機を前に。 


本日、この辺で今の近況と感じていること
これから何をして行こうとしているのか記録しておこうと思います。

私のコーヒーへの方向性がほぼ確立した4年前の2010年
ノルウェーのコーヒーは本当においしかった。あの時に出会っていて本当によかった。
そして今、2014年
東京はその歴史の中で今もっとも勢いのあるコーヒー合戦?戦争?競争?平和的でいい言葉でいうとなんだろう?

そしてわが社は自社焙煎を開始しさらに東京のコーヒーをおいしくするために攻めに出ていく。

一つの小さな会社と言えど経営することは簡単ではなく
ましてや信念として汚いことはしない、透明性のある、そして情熱を持って本物を追求していく。
頭のよくない私にはぴったりの会社だから私が経営者をやっていける。

でも自分の潜在意識は少し違う意見を持っているらしい
といいますか潜在意識だからそれはそのまま本心でありますがそれは

人をジャッジしたくないといっています。
私たちのお店の経営方針に合わないものには正直に伝えます
それが仕事です、そしてその責任に対して会社からお金をもらっています。
働くスタッフがお店のためになっているかを毎日ジャッジしています。
さすがに人を裁くのが得意になります。そしてそれに慣れてくると感覚が鋭くなり洞察力が研ぎ澄まされて細かいところまで気づく能力が身に付きます。というか、接客を勉強しウェイターをしていた時から身についていることかもしれません。

正直楽なのは
私自身がバーに立ってバリスタとしてコーヒーを作っているときが一番楽な時間
お金なんかいらない、それを仕事と思わないからです。

だが今は私がやらなければいけない仕事です。
でもやりすぎに注意しないといけません。
なぜなら、これでは前の仕事と同じ末路をたどってしまうからです。
コーヒーの仕事に着こうと決めたきっかけは、前職の仕事中に血を吐いて気を失った後、いつ死ぬかわからないから好きな事をしたいと決断したからです。

今回はそうはなりたくない。この仕事を続けたい。
だから管理職は向いていないのです。完璧主義だからです。
人間は完璧にはなれるはずがない。
だけど完璧を求めなければ、美しいものは出来上がらない。
美しいものの裏では比例して平和ではないことが起こっているのです。

だがモノづくりは違うと感じています。
人を相手にするのではなく
何かを作り上げること。

この1、2週間は体に力が入らず、怠けてしまいました。

人生には何度か転機があるようですが
その時の問題を解決しないで進んでしまうと
状況や場所や登場人物が変わってもまた同じような問題にぶつかります。

これはもう逃げないで答えを見つけてから前に進めという宇宙の流れがあるように感じます。
今年はモノづくりに移行しますがしっかりと使命を果たしてから前に進むことが答えの様ですね。


以上、自分の心との会話でした。


















[edit]

 

家から出て少し歩いていたら
道の真ん中に小さい鳥が立っていた

近づいても逃げないので手に乗せて
安全なところに運ぼうと 手を伸ばすと 乗ってきた
そのまま少し歩くと 小さな鳥は近くの木に飛び移った

鳥に嫌われていないようでよかった




みんなで何か大きい目標を達成するときに
計画を立てて
思いつく限りの準備をして
動いて 空回りして 言い争って
分かり合って そして すぐにまた次の問題が起こり
寝るタイミングも計れなく 疲れていく

それでも最終的に
思いが届き 願いが叶う ことを経験したならば

どこからともなく舞い降りる
見えない力が  私たちと 
私たちの願いとの間を実はしっかりと計画通りに結んでくれたこと
感じているだろう

どうすれば確実にそうできるかはわからないけれど

確実にそこにあったのは
純粋な願いであって

それ以外はなかったと はっきり言える
何人いてもそうだった
目標が大きすぎたために そこには純粋しかなかった

だからできた


まるで家族のように純粋な思いと絆を学んだといえる

@FUGLEN TOKYO








[edit]

世界は大きいと あきらめないで 

人間が 自らの過ちに気付くまで

人間が 自らの力で進みだすまで

神の試練は 続くだろう

神は 私たちに 

超えられない試練は与えない


平和のためにすることは

実は世界を変えるほどの 大きいことではなくて

自らの手のとどく範囲の中で

差別をなくすことや 争いごとを治めることや

他人をうらやんで 奪おうとしないこと

大きい心を持つことでみんなと上手くやっていく


よく周りを見渡せば

世界で起こっている問題が 小さくなって 置かれているね

不思議だね・・・


世界は大きいと あきらめないで









 

[edit]

私は人形ではなく創作者だ 

私は人形ではなく創作者だ

神が動かしてくれるのか?
店長が動かしてくれるのか?

自分を自分で動かさない限り
生き生きとした毎日は生まれない

思い出せないことは分かっている
覚えておく必要は無かったのだから

神は神を創ったということだ
私は人形ではなく創作者だ

[edit]

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。